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奈良の育成功労賞に吉岡健蔵さん 平城高校監督

奈良県立平城高等学校 / 奈良県 奈良市 ・ 高等学校

都道府県
奈良県
学校所在地
奈良県 奈良市
施設種別
高等学校
施設
奈良県立平城高等学校
報道日
2021年7月11日
発生年
2021
公表主体
朝日新聞

事案の概要

奈良の育成功労賞に吉岡健蔵さん 平城高校監督2021年7月11日 9時29分浅田朋範印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするlistはてなブックマークでシェアする育成功労賞で表彰された平城の吉岡健蔵監督=2021年7月10日、佐藤薬品スタジアム、米田千佐子撮影 [PR]  高校野球の発展や選手の育成に尽力した人に日本高校野球連盟と朝日新聞社が贈る「育成功労賞」で、奈良県内からは平城の監督を務める吉岡健蔵さん(60)が選ばれた。 開会セレモニーに先立ち、育成功労賞の表彰式があった。吉岡さんには表彰状と盾が贈られた。1983年、高田の定時制の教員になってから、野球部の指導に携わって38年以上になる。選手とコミュニケーションを取る指導に定評があり、広陵、大和広陵を上位に入るチームに育て、平城はチーム初の近畿大会出場も果たした。 大和高田市出身。小学校低学年から野球を始め、智弁学園時代には二塁手。2年生だった77年の春夏、チームは甲子園に出場したが、ベンチ入りはできず、悔しい思いをした。だが選抜の甲子園練習で黒土を踏み、足が地面に食い込むような感触が印象深いという。3年生でレギュラーとなったが、甲子園出場は果たせなかった。 智弁学園時代は厳しい練習も多く、日々の練習を乗り越えるのが大変だったという。一方で、切磋琢磨(せっさたくま)できる仲間やライバルに出会い、監督になってからも関係は続いている。 「野球と長く関わっていきたい」との思いから保健体育科の教師を志し、大阪体育大学に進学。最初に指導したのは高田だった。それ以降は、榛原(現・榛生昇陽(しんせいしょうよう))などで、監督や責任教師を務めてきた。 記憶に強く残るのは2004年の奈良大会。監督を務めていた広陵は橿原と戦い、3回で0―11と大量リードされた。だがその後は追い上げ、20―13と試合をひっくり返しコールド勝ち。「選手の強い気持ちが持ってる以上の力を引き出し、結果につながった」と、当時を振り返る。 平城は今年度で閉校する。昨年度で定年退職だったが、平城の選手らを「見届けたい」と再任用を希望した。最後の夏となる。「見てくれている人たちに、最高の野球部だったと感じさせるゲームがしたい」有料会員になると会員限定の有料記事もお読みいただけます。今すぐ登録(1カ月間無料)ログインする※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません この記事を書いた人浅田朋範ネットワーク報道本部フォロー専門・関心分野共生、貧困、裁判関連トピック・ジャンルジャンルスポーツ高校野球印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするlistはてなブックマークでシェアする

出典

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