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事故不明公表情報に基づく

なぜ女生徒36人は突然、海で溺れ死んだのか…「橋北中学校水難事故」の真実

橋北中学校 / 三重県 津市 ・ 中学校

都道府県
三重県
市区町村
津市
施設種別
中学校
施設
橋北中学校
掲載日
2020年9月4日
発生年
2020
公表主体
現代ビジネス

事案の概要

2020.09.04#怪談なぜ女生徒36人は突然、海で溺れ死んだのか…「橋北中学校水難事故」の真実本当にあった怪奇事件簿④朝里 樹怪異妖怪愛好家作家プロフィールメールコピー頭巾にもんぺ姿の亡霊が現れ… 昭和30年(1955年)7月28日、三重県津市でのこと。橋北中学校の生徒たちが安濃川河口近くの海(通称中河原海岸)で水泳訓練をしていたところ、女生徒たちが一斉に溺れ始めた。救助活動が行われたが、多くの女生徒が犠牲になった。 この水難事故から生き残った一人が言うには、「あの日、溺れ、海中でもがきながら、もんぺを履き、頭巾をぐっしょりと濡らした女性たちがたくさんおり、こっちへおいでと招いていた光景を見た」という。 Photo by iStock -AD- 実はこの事件のちょうど10年前、昭和20年7月28日、津市は五度目の空襲を受け、市街地のほとんどが壊滅した。その時、逃げ場を失った人々が津警察署の地下室に逃げ込んだが、この人々も蒸し焼きにされて死んでしまった。 そして犠牲になった人々は安濃川の河口付近に葬られた。そのため、あの海に現れた亡霊は空襲の犠牲になった人々だったのではないかと言われている。 松谷みよ子著『現代民話考5 死の知らせ・あの世へ行った話』に掲載されたこの話は、「橋北中学校水難事件」や「中河原海岸水難事故」と呼ばれる水難事故に纏わる怪談としてよく知られている。この他にも女生徒たちは頭巾にもんぺ姿の亡霊に足を掴まれ、溺れさせられた、という話もよく聞かれる。 水木しげる氏は『決定版 日本妖怪大全 妖怪・あの世・神様』等の著作においてこの亡霊たちを「集団亡霊」と名付け、頭巾を被った亡霊たちが海で女生徒を襲う様子を描いている。 ではこの事件は実際にはどのようなものだったのだろう。この亡霊事件の真相を追求した後藤宏行著『死の海』を参考に、それを追ってみたい。 生還した女生徒の「証言」 昭和30年当時、プール設備を備えた学校は少なく、河川や海で水泳の授業を行うことが普通だった。 7月18日から始まった水泳訓練は、同月28日に最終日を迎える。そのためこの日はテストが行われる予定であり、401名の生徒がテスト前の体慣らしとして男女に分かれて海に入っていた。天気は快晴、気温は30度を超え、波も穏やかで、絶好の海水浴日和であったという。 しかしそれからわずか数分後、突然約100名の女生徒が一斉に溺れ出した。叫び声に気付いた男子生徒や教師陣、地元の漁師などが救助に当たったが、最終的に36名が命を奪われた。 Photo by iStock -AD- この事件で生き残った生徒たちの証言によれば、溺れた理由は大波にさらわれたというものと、海底の流れに引きずり込まれた、という証言があった。またメディアや国会はこの事故の発生は教師たちの管理責任であるとし、教師たちの責任が追及された。 つまり事故当時においては、亡霊の存在は囁かれてはいなかった。この海難事故の背景に死した女たちが現れるのは、約1年後、昭和31年(1956年)7月29日の『伊勢新聞』の記事であったという。 この記事では事故から生き残った女生徒の一人が海の底からたくさんの女性たちが自分を引っ張りに来た、という証言を載せ、また事故から10年前の同月同日、空襲によって津市中心部が壊滅し、その無縁仏が中河…

出典

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