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事故不明公表情報に基づく

御巣鷹墜落事故で救出、今は3児の母に 川上慶子さんの伯父が振り返る35年

鹿児島県 姶良市

都道府県
鹿児島県
市区町村
姶良市
報道日
2020年8月8日
発生年
2020
公表主体
毎日新聞

事案の概要

御巣鷹墜落事故で救出、今は3児の母に 川上慶子さんの伯父が振り返る35年 社会 最新記事 毎日新聞 2020/8/8 07:00(最終更新 8/11 17:40) 有料記事 1404文字 みんなのポストを見る ブックマーク 保存 リンク 印刷 アルバムを見ながらこの35年を振り返る宇都政幸さん=鹿児島県姶良市で2020年7月13日午後4時54分、菊池陽南子撮影  乗客乗員520人が犠牲となった1985年の日航ジャンボ機墜落事故から12日で35年。宇都(うと)政幸さん(85)=鹿児島県姶良(あいら)市=にとって、それは、犠牲になった妹の忘れ形見のめいとおいを見守り続けてきた35年でもあった。事故の生存者4人の一人、川上慶子さんと兄の千春さん。事故に翻弄(ほんろう)された2人のきょうだいはともに結婚し親になった。  「あれから35年……。よう生きてきました」。古い小さなアルバムをめくりながら宇都さんはつぶやいた。そこには北海道旅行を楽しむ妹一家4人の姿が何枚も収められている。妹の和子さん(当時39歳)、夫の英治さん(同41歳)、長女慶子さん(同12歳)、次女咲子さん(同7歳)。旅行の帰りに事故機に乗り合わせ、慶子さんだけが奇跡的に助かった。  あの日、自宅で晩酌をしている時だった。テレビから日航機墜落のニュースが流れてきた。和子さん一家が搭乗していたことを知るのはその日の深夜。もう1人の妹から連絡があり、電話の前でぼうぜんとした。翌朝、義弟2人と鹿児島空港から飛行機で群馬へ向かった。機内のテレビニュースで生存者が確認されたことを知る。「兄さん、慶子が生きてるよ!」。義弟が叫んだ。胸がいっぱいになった。「今もそんときの気持ちは言葉にできんけどなあ……、うれしかった」  墜落現場から救出された慶子さんは国立高崎病院(当時)に搬送された。宇都さんが病院に着いた時、ストレッチャーに乗せられ、病室を移動しているところだった。その片足は「田んぼに入ったかのように泥にまみれていた」。別室に通された宇都さんは「慶子、頑張れよ、頑張れよ」と何度も心の中で祈り続けた。  その後、慶子さんは島根県の家で祖母と兄千春さんと共に生活を始めたが、苦労は絶えなかった。家には何度もいたずら電話がかかってきた。事故後初めての慰霊登山では、銘標の前で手を合わせる慶子さんに無数のカメラが向けられた。宇都さんがかばい、「早く逃げなさい」とカメラが届かない場所に行くよう促した。 … この記事は有料記事です。 残り556文字(全文1404文字) ご登録から1カ月間は99円 今すぐ登録して

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